Journal
藤大路のこと
藤大路がデザイナー面接に来たのは2009年のはじめのことだった
以前勤めていた会社を退職してから半年間引きこもっていたというその姿は
今の藤大路からは想像がつかないほどみすぼらしいものだった
作品がずばぬけていいわけでもないし何より愛想がまったくない
なのに採用を決めたのは、履歴書に小さく書いてあった
「広告で人をよろこばせたい」という一言と
誰もいないはずのデザイナーの部屋に
藤大路が座っている「気配」のようなものを感じたからだ
明日から来い、と言った
それから1年半くらいのあいだ、藤大路が何をやっていたのかほとんど覚えていない
アシスタント的な立場で動いていたせいもあるが
新人特有の初々しい存在感はまったくなかったように思う
藤大路をデザイナーとして認識したのは
だらしなく長い髪をばっさり切ってきた初夏のことだった。
「ちんこみたいなおかっぱだな」と声をかけた
ちょうどその頃上のデザイナーがひとり辞め
チーフのデザイナーが体調不良で休んでしまい
大きなプレゼンを前にしてやむを得ず藤大路と「さし」で
仕事をすることになったあたりのことだ
Photo Chikashi Suzuki
自分の感情を人に伝えるのがおそろしく下手だった
あいさつのひとつもろくにできなかった
仕事を頼むととても面倒くさそうな顔をした
そのくせ周りの人には好かれた
デザインも同じだった
他人事みたいな距離感でいつも苦行のようにマックにむかうが
凛として抑制のきいたデザインは何故か人をひきつける力があった
それは6年近く経ってもまったく変わることがなかった
目も見ない日があったし口もきかない日もあった
突然気が狂ったように笑うことがあるが
笑いのツボがどこにあるか全然わからない
不機嫌・不安定・藤大路
自分の娘ならなんとか我慢のしようもあるがただの他人の娘だ
何度も叱った。6年間で3回だけ泣いた
なだめすかし、ときには脅し、最終的にはこちらがキレるの繰り返し
それでもたまにデザインがうまくいった時は不器用に変な顔で笑った
藤大路は仕事を褒められても
自分がやったわけではないから別に、などと知らん顔をする
謙遜なのか他人事なのかはよくわからないが
それは大きな間違いだと思う
同じアートディレクションでもデザイナーによって
アウトプットは全然ちがう
デザイナーの人間性や経験、弱さとか
そういうものすべてひっくるめてすべてが仕事に出てしまう
それがデザイナーの個性だ
もし藤大路がいなければネアンデルタールを代表するいくつかの仕事は
たぶんこの世に無かった
次の行き先も決まってないらしいし
これから何をやりたいのかというのも相変わらず伝わらない
卒業なんて立派なものではない
野良猫が寝床を変えるようにぷいと出て行く
そんな感じだ
このままどこかで野垂れ死んで
二度と会わないような気もするし
またひょっこり顔をだすような気もする
まあどっちでもいい
そういうところが
藤大路らしくていいと思う
石井 原